レスラー

ダーレン・アロノフスキー監督の「レスラー」について。
ちなみにこの監督は『π』や『レクイエムフォードリーム』の監督で後味の悪い映画で有名である。
あらすじはというと、面倒臭いのでウィキから引用しよう
″1980年代に人気レスラーだったランディだが、二十数年経った現在はスーパーでアルバイトをしながら辛うじてプロレスを続けていた。ある日、往年の名勝負と言われたジ・アヤトラー戦の20周年記念試合が決定する。メジャー団体への復帰チャンスと意気揚がるランディだったが、長年のステロイド使用が祟り心臓発作を起こし倒れてしまう。現役続行を断念したランディは、長年疎遠であった一人娘のステファニーとの関係を修復し、新しい人生を始める決意をする…。〟
で、どーなるか?というお話である。

俺の大好きな暗くシリアスな映画である。
プロレスはプロレスでも華やかなメジャー団体では無く派手で過激な試合内容を目玉とするインディー団体のレスラーで、その私生活はなんとも悲惨なものだ。
ミッキー・ローク扮するランディは長年の過酷な試合経験で体をほとんど壊している。
プロレスラーとは全職業の中で最も過酷な職業の一つではないだろうか?
相手の攻撃はよけずに受けきり、100k近い体重で飛んだりはねたり、何回もマットに叩き付けられる。
総合やK-1等、プロ格闘家は試合なんて1年でいくら多くても10回はないだろう、だがプロレスラーは年間100試合以上はある。
それ故にプロレスラーは若くして命を落とす人が多い。
ここ数年で名のあるレスラーが何人も逝った。もいろん三沢選手もその一人である。
映画の中でランディお得意のストリッパーが「あなたはキリストみたい。色々な人の罪を背負って、体中傷だらけ」と言っている。プロレスラーは観客の熱狂や日々の鬱憤を背負って傷を受ける事事態をショーとする、最後のランディ試合は崇高にさえ見える。

あと、映画の中で気になった台詞があるんだが、ストリッパーとランディがバーで80年代のいわゆる産業ロックを聞きながらこう語る「80年代は最高だ!!だが、ニルヴァーナの登場によってロックはシリアスなものになってしまった。お気楽気分はおしまいになっちまった。」と、なんとなくロックファンとしては80年代はロック暗黒時代でニルヴァーナの登場よってロックムーブメントが動き出したの様な認識があったので、アメリカのロックファン(?)がこう語るのが意外だった。シリアスな生活を暮らしている人達にとっては娯楽としてのロックにシリアスさ等は求めていないだなと。80年代のヘアメタルや産業ロックはいわば、ランディがずっと忘れられないでいるメジャーなプロレスなんだろう。
華やかでギラギラしていて、嘘っぽくて、観客を熱狂させる。
この前のブログでもかいたが、最後のブルーススプリングスティーンのED曲が泣かせる。
いまんとこ今年ベスト映画。

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酔いながら午前二時に打ち込んだ

久しぶりである、ほろ酔いである。否、結構酔っている。
最近、文章を打ち込む仕事が多くてついブログを後々にしてしまっているのだ。いかんのう。
ここ最近、町山智浩という映画評論家のポッドキャストを聞いているんだが、これが面白い。
2008年のベスト映画に『トゥモローワールド』を挙げていて(俺も2008年ベスト)、その論評から結構趣味あうなと思い聞き出した。
この人がちょうど俺がついこの前見た『レスラー』という映画について語っていて、
その事について書きます。

『レスラー』と言う映画を見た。主演はあのミッキー・ローク、コッポラの名作『ランブルフィッシュ』でモーターサイクルボーイを演じた80年代にその名を馳せた名優の復活作である。
この映画は素晴らしい映画だった。
主人公であるプロレスラー『ランディ』の経歴はミッキー・ロークを見ているようだ。
かつて頂点を極め、今はアルバイトをしながらかつての夢の再来を待ちわびていて、
自分の輝ける場所はそこしか無く、実生活もその為にぼろぼろにしていく。
本当にその場所しか生きる場所はないのだ。

ED曲はブルース・スプリングスティーンがこの映画の為に書き下ろした曲だ。
その歌詞はこの映画を正確に表現している。
以下町山のブログから引用する。


「ボロと籾殻しか詰まってない案山子を見たことがあるかい?
 あれは俺なのさ
 風に向かって拳を振るう片腕の男を見たことがあるかい?
 あれも俺なのさ

 見たはずだよ 俺が旅して回るのを
 見たはずだよ 一試合ごとに俺が何かを失うのを
 見たはずだよ 俺が血を流して観客を喜ばせるのを
 言ってくれ これ以上、何を望むんだ?
 言ってくれ これ以上、何が欲しいんだ?

 やすらぎを与えてくれるものから 俺は去ってしまう
 帰るべき家を買う金はない
 俺が唯一信じられるものは、俺の砕けた骨と、
 この青痣だけだ

 片脚のダンサーが心から楽しそうに踊るのを見たことがあるかい?
 それは俺なんだ」

この映画については語りたい事がいっぱいある、よっぱらって無いときにまた書きます。

あ、『エヴァンゲリオン;破』最高だった。
見てない人は見るべきである、日本アニメの頂点をジブリと共に支えている。

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香菜、頭をよくしてあげよう

最近、筋肉少女帯にはまってる。
何をいまさらと思う方も居ると思うが、大槻ケンヂはとてもデリケートな詩を書く。
バカっぽい曲もいっぱいあるが、その中にもどこかしら悲しみを感じる歌詞が多い。泣ける。
大槻ケンヂには「ステーシー―少女ゾンビ再殺談」という名作があるが、これも恋空なんかが裸足で逃げ出すような、純愛小説である。泣けて泣けてしょうがなかった。

音は俺があまり得意ではないメタル、プログレ系だし、歌も巧いとは言えないが
とても良い感じ。

曲だと、「生きてあげようかな」が好きだ。
「香菜、頭をよくしてあげよう」も素晴らしい。
つーかいいタイトルだなぁ。

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さよなら、タイガーマスク

久しぶり。
調子はどうだい?俺はそこそこ元気にやっているよ。
という訳でまた更新をさぼりまくってしまった、毎日書くって言ったのに、ほらこれだ。
近況報告しよう。
最近、 CMでやっている「どんつけ!!どんつけ!!」言うウドンのCMをあんじゃん?
あれ食べたくなって買ってみた。
つけ麺みたいな感じで食べるんだって、おっと危うくあのフレーズが出てきそうになって
慌ててキーボードを打つ手を止めました。フー。
つゆだけ売っていてそれに長ネギと豚肉を入れて煮込んで完成。
うどん浸けて食ってウマー。

というか最近、久しぶりに銭湯行って体重計のったらびっくりした。
ワイ、太ってもうてん。
体重計がたたき出す数字に納得出来なくて、一回リセットしたり、片足で乗ったりしてみたが体重計は相変わらずその悪魔の数字を液晶に映し出していた。
「ワイ、太ってももうたんやなぁ、、、、。」
何故か関西弁で呟く全裸の俺を、いぶかしげにチラ見するおっさん客をスルーしていつもより長めにサウナに入りました。
「ふーん、筋肉がついたんだな。あ、あと、ご飯食べたばっかだし、今日湿気っぽいし、最近走ってなかったからな、これはしょうがないよ。なっ!贅肉君?」と、サウナの中で自分のおなかに話しかけていました。はぁ。太ったんやなぁ。夏までにはなんとかせんといかんばいのぉ。

サファリのバージョンアップしたんだが、重くなってねぇ?

そう、これについては触れない訳には行かない。
三沢光晴が亡くなってしまった。
心からご冥福をお祈りいたします。
とてもとてもとても偉大なプロレスラーだった。
強く、技もきれいで受け身の天才。
華もあり、人気以上の実力を誇るプロレスラーでした。
あまりにも突然の悲報にテレビの前で言葉を失ってしまった。
武藤選手との一騎打ち見たかった。
天国で冬木さんと組んで馬場さん鶴田さんタッグとやってください。
橋本もいるな。
橋本 vs 三沢という夢のカードが実現するかもだ。

それでも、とても悲しい。
斉藤選手はこれからもがんばってほしい。


死んだインディアンだけが良いインディアンだとは思わないが、
先日の忌野清志郎さんに続き、偉大な人がどんどん去って行ってしまう。
だが、人生は続く。
目の前のレールは休む事無く動き続けている。
やりたい事もやらなきゃいけない事も、
見るべき映画も読むべき本も聴くべき音楽も、
山ほど海ほど残っている。
まだまだ続けなきゃいけない。
物事を自分の出来るベストをつくして、
なるだけ巧いステップで。
転んだ時には奇麗に受け身をとって。
そう、三沢選手の様に。


では、おやすみなさい。
夢で会いましょう。

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だがアンサーソング、おめぇは駄目だ!

最近、アンサーソングって流行ってんの?
カヴァーと違うのか?
三木道三の曲のアンサーソングあたりから色んな曲をやっているみたいだが、
90年代後半の曲が多い気がする。
90年代後半なんてつい先週ぐらいの気がするが、
若い子達にしてみりゃもう、懐かしい通りこして逆に新鮮に感じるのだろうか?

それにしても質悪く無い?
こんな事言うと俺が懐古廚かオッサンみたいだが(おっさんなんだが)、
Sugar Soulの『Garden』のアンサーソングみたいのなんか、
歌唱力も、音のキレも改悪されまくっているよなぁ?
うーん。
あと、この前なんかの店を見てたらBGMでブッダの『人間発電所』のアンサーソング?カヴァーアレンジ?みたいのが流れていたんだが、アレははたしてそうだったのだろうか?
『人間発電所』のベースラインで女ボーカルが「天までとばぞ〜」みたいな歌詞だったんだ。
だとしたら、日本HipHopの名曲なんでそってしておいてください。

青山真治か中原昌也か覚えてないが『ダメな物を良いと言うのでは無く、ダメな事をしっかりダメと言うのがポジティブだ!』と言う言葉にならって言うが、ありゃダメだ。
アンサーソングとかカヴァーはアルバムのボーナストラックとかシークレットで入っているべきもので、それを勝負曲にしちゃ駄目じゃね?
そんなんしてたらドンドン音楽廃れて行っちゃうでしょうが。

今夜は肉豆腐作るばい。

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俺の中のゴーストがそう囁くのさ。

今、TV版『攻殻機動隊』を見ているんで、何年ぶりかで
押井守監督『イノセンス』を見た。
公開当時劇場で見たときはそこまで『攻殻機動隊』を詳しく見てなかったのと、難解な台詞まわしのおかげでよく理解出来なかったが、今見るととても面白く、刺激的な作品だった。

なんといっても公安9課のプライベートな面が見れるのが楽しい。
バトーの私生活や、トグサの家族や、イシカワが意外に犬好きだったりと、ファンには嬉しい内容である。
絵やデザインや音楽も素晴らしい。
後半からの進行は凄い、和洋中、デジタルとアナログ、意識と無意識、人間と人形もうごちゃまぜになって進行するような地獄めぐりの様な映像。

『攻殻機動隊』シリーズの命題でもある「人間の境界」が今回にも押し進められて、
「ロボット=人形と人間との違いはどこにあるのか?」というのが大きなテーマとなっている。
その中で葛藤するトグサとバトーを超越者となった草薙少佐が守護天使のごとく見守り、サポートする。
少佐に対するバトーの恋ともとれる気持ちも、作品を盛り上げている。
最後のバトーと人形にアクセスした少佐との連携はやっぱ燃える。
そしてバトーの人形側に立ったかの様な少女に対する怒りの台詞が
俺たちに物語の考えるポイントを与える。
それはこの作品の命題にある「人間と人形(機械)に境界」である。
考えさせられる映画だ。

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幽々白書と魔界と異界

コンビニとかで売っているあの分厚い安い紙使ったコミックスあんじゃん?
俺はあのコンビニコミックスが結構好きで仕事帰りに買って家で読んでいる。
量もあり、安いし、気軽に扱えるし、わりかし昔の漫画が多くて楽しい。

んで、最近「幽々白書」を読んだんだがやっぱり面白い、
魔界編〜最終話はまでは評価が分かれる所だが、俺は好きだ。
むしろ富樫色が色濃く出てくる仙水編〜魔界編〜最終話までが一番好き。
魔界編ではいわゆる悪者が登場しない。登場しないと言うよりも、幽助と敵対しない。
幽助よりも強者が多く登場し、単純に強さを競い合うようになる。
緊張感が無くなり、主人公とともに「物語」を体感しにくくなる。
このあたりが評価の分かれる所以だと思う(富樫のヤル気の無さが露骨に出てくるせいもあるが)、

なんて事の無い最終話だけども、俺はこの最終話に柔らかい感動を覚える。
それはこの物語が人間界(しかも誰かの部屋)で終わる事で、「往きてし帰る物語」になっているからではないかと、思う。
これが「また魔界の王に挑むぜ!幽助達の物語は続く!」の様な最終話だったら、この感動はやってこないだろう。人間界に戻り、当初のメンバーのなんて事の無い情景を描く事で俺たち読書はこのなんともいえない最終話の雰囲気を共感できる。
太郎やらグリム童話やら古代から続く物語のパターンである「行きてし帰る物語」が俺らの心を動かしている。

話はずれるが昨日布団に入って考えたのだが、「桃太郎」って話はほとんど人間が登場しない。
桃太郎は桃から生まれたから人間ではないだろう。
おじいさんとおばあさんがかろうじて人間だが、最初だけですぐ物語から退場してしまう。
得意の深読みをすれば桃太郎が「人間では無いから鬼を倒す事ができた」のだろうか?
鬼ヶ島は異界だ、異界にわたる為には人間では不可能なのだろうか。
人間のまま異界に渡ってしまうと、帰ってきても元のままの世界には戻れない(浦島太郎)。
幽々白書でも魔界には人間は入らないというか入れない。
ちと怖いのう。

俺の妄想が病気の予兆じゃない事を祈って寝よう。


多分、無理くり終わらしたであろう最終話だけどもなんか良いのだ。

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目に写る全てのことは メッセージ

昨日は現地元、京町のお祭りに参加させていただき神輿を担いできました。
肩が痛いのう。
でもやはり自分の住んでいる土地の神様を祭るのは気分が良いもんだ。

それにしても神輿の担ぎ手さん達はとてもガタイが良い。
俺なんかペラペラのポニョポニョなんでなんつーか迫力でない。
もっと鍛えなあかんなぁと思いました。
京町商店街に「カフェオレまんじゅう」ってのがあってとても美味しかった。
普通の日に買いにいこーうと。

色々あれやったりこれやったり毎日しているのだが、生活にはポイントの様な物が必要で、それが人によっては夏休みとかの長期休暇だったり、仕事の大きなプロジェクトだったり、趣味のイベントだったりする訳です。
そのポイントを上手く切り替えられたらきっと、次のポイント地点まで上手くやっていける気がしないかい?


抽象的な言葉でお茶を濁して退散します。
いつか目に見える、手に掴める、形を持った言葉で現状を語れる日を目指して
俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて。


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負ける正義

今更ながら「バットマン ダークナイト」を見た。
二時間半とわりかし長い作品時間を感じさせない面白い映画だった。

とにかくジョーカーが素晴らしい。
こーゆースカっとする悪役久しぶりに見た気がする。
ヒーロー物の善し悪しは悪役が如何にイカレているいるかにかかっている。
過去に縛られていたり、戦争のトラウマがあったり、実はいい奴だったりする悪役なんかじゃ無くて
単純に混沌とスリルを求める悪役。
アメリカ映画ではイラク戦争後から悪役が上手くが描かれなかった気がする。
描かれたとしてももっとぼんやりとした、正体の分からない・何かを象徴する『悪』の描き方ばっかだった気がする。
「勧善懲悪」が通用しないと言う事が身にしみてしまったのかもしれない。
「悪」という物が見方次第でそうじゃなくなる事が身に染みてしまったのかもしれない。
以前(イラク戦争前?)だったらシンプルな「悪」をシンプルな「正義」の力で打ち負かしていた。
だが、観客はそれにリアルティもカタルシスを感じなくなってしまった。
「悪」は自分達の中にもあるもので、「正義」の力はうさん臭く感じる様になってしまった。

だからバットマン(正義=ヒーロー)は勝てない。
劇中でバットマンはヒーローじゃないと言っていたが、「悪」に勝てない・勝つ説得力が無い言い訳にしか聞こえない。
何の象徴でもなく、原因も理想も無いシンプルな「悪」に「正義」が勝つ方法はあるのだろうか?
ハリウッドのヒーロー達(アメリカの象徴)が示す「正義」の力に正当性を感じるようになれるのだろうか?

前作「バットマン ビギンズ」は説教臭くてつまらなかったが今作はジョーカーがその倫理感とでも言うか説教を破壊(つーか通用しない)しているのでとても面白い。
やっぱ悪役は何かを象徴しちゃ駄目なんだ。
シンプルで恐怖を感じる「悪役」に俺たちは本当の魅力を感じる。
ジョーカーを演じたヒース・レジャーが亡くなったのがとても悔やまれる。
名演でした。黙祷。

ペンギン男爵もいずれ出てくんのかなー。

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地方のポプラの駐車場の広さは異常

連休中は岡山に行っていた。
やるべき事があって、そこそこ上手く出来たのではないかと思っているがどうなんだろう?


神社仏閣もなんこか観れて満足。
吉備津神社に行った、ちょっと珍寺。
おみくじで『合格』という文字が描かれていた時はどうかと思った。
瀬戸大橋を望める鷲羽山に登り、瀬戸内海を初めて見る。
島が点々と有り波の少ない、穏やかな海だ。
少し曇りがちだったが、充分にいい景色。

倉敷の『美観地区』も行ってみた、古い家屋が残されいて町並みをみているだけでも面白い。
水路があり、その脇の店で昼食に「ぶっかけうどん」と、ままかり(岡山の特産魚らしい)の寿司を食べた。
昼間行ったんだが、夜の風景は素敵だろうと思った。
次は倉敷の方に宿をとろうか。

相変わらず、喰いまくった。
焼き肉、お寿司、地方料理。
岡山牛が美味しかった。
また太ってしまうのう。

全体的に抜かりなくやれたかと思ったら、品川の駅のトイレにスーツを忘れていた。
見つかってよかったばい。

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